最愛の師匠の死
大学時代から先月までレッスンに通わせていただいていた、鈴木寛一先生が亡くなられました。
少しずつ、門下生の方が公開されているので、掲載させていただきます。
よくご体調を崩されていました。
それでも最後までレッスンをしてくださいました。先生の温かい歌声が大好きでした。
先生の厳しいレッスンを受けながらコンクールを受け、1月にリサイタル。
出産前、最後のレッスンが先月。
その頃には酸素ボンベを日常的にされていました。私の赤ちゃんに会えるのが楽しみだ、お前が妊娠するなんてな、と。
最後の曲がフォーレのレクイエム。
先生がすすめてくださったのです。
「この曲を自分の葬式で嶺(先生のご友人)に歌ってってお願いしたのに、嶺は先に逝ってしまったんだ」とよく話しされていました。
先生との思い出が多すぎて、思い出すだけで
涙が止まらないです。でも思い出さずにはいられないし、しばらく思い出の中に留まっておきたいのです。
次のレッスンは出産後にしましょう、
と言われた時。
次があってほしいと願った。切実に。
私の体は正直限界だった、でも、
産後はいつ復帰できるんだろう。
先生はいつまで生きててくれるんだろう。
息が続かなくなったって、声はまだ出る。
2月、3月は電車に乗って通えなくなり、旦那さんに車で送ってもらうようにお願いして、
レッスンに通っていました。
今後...歌はもちろん続けますが、(今も毎日練習しています、お腹重いですが...立って歌い続けるのはしんどい)今は辛い気持ちでいっぱいなのと、お産に向けて頑張ろうと思っています。
大学卒業の時の写真です。
先生、本当にありがとうございました。
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